帝王と寵姫の間にあったのは、果たして愛だったのか、
それとも色香への惑いだったのか。あるいは、その両方だったのだろうか。
后の座を巡る争い、我が子をも手に掛ける非情、貪官への制裁、垂簾聴政、そして天下への君臨。
彼女たちの美しさは人々の心を揺さぶり、その非凡な生涯は歴史を塗り替えてきた――
愛憎が渦巻く中国后妃史。美しき女たちの背後に隠された物語を読み解く。
▎亭長に嫁ぎ各地を転戦、連環の計で世継ぎを守り、諸王を排して才覚を現す
──残虐な刑「人彘(人豚)」以外に、あなたの知らない呂后・呂雉がここにいる!
◎家で農作業に励む中、災難が空から降りかかる。まさか人質に取られるとは!
劉邦が不在の間、呂雉は田畑を耕して家計を支えていた。秦二世元年に劉邦が陳勝・呉広の乱に呼応すると、呂氏一族のほとんどが彼に従って各地を転戦した。劉邦軍が漢中から東進して彭城を落としたが、項羽の反撃に遭い大敗。劉邦は逃走の途中で家族を連れ出そうとしたが、父と呂雉はすでに項羽によって人質にされていた。この時、呂雉の兄・呂澤が疲弊した劉邦を受け入れたことで足場を確保でき、楚漢の停戦協定が結ばれてようやく太公と呂雉は劉邦のもとへ帰された。
◎結局、この世継ぎ争いは呂氏の完全勝利に終わった!
呂后にとって最大の敵は、劉邦の寵姫・戚夫人だった。彼女は恋敵であるだけでなく、太子・劉盈の地位を脅かす存在でもあった。劉邦が太子の廃立を提案し、大臣たちが一斉に反対した際、密かに盗み聞きしていた呂后は激しく動揺した。そこで兄の建成侯・呂釈之を密かに遣わして張良に知恵を借り、「連環の計」によって息子の太子の座を守り抜いたのである。
▎帝王の奪愛が彼女の人生を変え、唐の歴史をも狂わせた
──「新鮮な」ライチを好んだだけでなく、実は猛烈な「嫉妬の塊」だった貴妃・楊玉環!
◎振り向いて一度微笑めば、後宮の美女たちも色あせる! なのになぜ他の女を見るの?
玄宗・李隆基と貴妃・楊玉環の愛は、白居易の詩によって千古の絶唱となった。
大詩人が綴った「長恨歌」の一言一句は、唐代から今日に至るまで、数多の人々を感動させてきた……。
だが実際には、玄宗の愛はそれほど一途ではなかった。彼は多くの女性を愛し、楊貴妃に溺れながらも梅妃を忘れられず、側には常に念奴という侍女を置いていた。貴妃は玄宗に新生活の影を感じるやいなや嫉妬に狂い、激しく詰め寄った。一度は玄宗を激怒させ、勢いで高力士に命じて実家へ追い返されたこともある。しかし、わずか半日で玄宗は後悔した。帝王として一度出した命令をすぐには撤回できない。玄宗はその鬱憤を宦官たちにぶつけ、歩くのが速いだけで折檻を命じた。それを見た高力士が貴妃を宮中へ連れ戻すと、一日の別れがまるで数年ぶりの再会のように燃え上がり、玄宗の寵愛は以前にも増して深まっていった。
◎春の夜は短く日は高く昇り、これより帝王は朝の政を執らず。美貌だけが私の武器ではない!
楊玉環はなぜこれほどまでに玄宗を虜にしたのか? 彼女は生まれ持った美しさに加え、機知に富み、美貌・才能・芸事・知恵のすべてを兼ね備えていた。玄宗は音楽と芸術を愛したが、玉環もまた音楽と舞踏に類まれな才能を持っていた。「霓裳羽衣の曲」は玄宗の自信作だが、玉環はそれに合わせて舞い、特に酒に酔いしれた中での舞は、雪が舞い風が流れるような美しさで、玄宗を「これぞ知音(理解者)」と嘆息させた。
本書の特徴:全書を王朝ごとに6つの章に分け、史料に基づきつつも小説のような筆致で政治闘争の複雑さを描き出し、歴史の激流に隠された隅々を照らし出す。退屈な歴史教科書とは一線を画す、愛憎渦巻く中国后妃史の決定版。