物語全体を同じ形で映像化した代表作を、監督、製作国、出演者、本文との差異まで確認できる資料は今回の調査範囲で確定していない。個別の段や在原業平像を参照する舞台・映像作品はあるが、『伊勢物語』の直接的な全編映像化とは区別する必要がある。
映像化を検討する際は、業平を主人公とする伝記映画、特定段の引用、全書の翻案を分けて調べる必要がある。作品名の一致だけでは『伊勢物語』全体の直接改編とは判定できない。原作言語は古典日本語で、収録本文も古典本文である。定家本系統を中心に複数の本文系統があり、現代語訳、注釈書、校訂本文では段の区切りや語句が異なる。この版を利用する際は、現代語訳と誤認せず、古典本文として内容言語と表記を扱う。
初読者には現代語訳と語注を併記した版、和歌研究には校異と本文系統を示す校注版が適する。公開古典本文を使う場合も、底本、段番号、欠落の有無を確認し、別系統の本文を混ぜないことが重要である。むかし、まだ若い男が初冠を迎え、奈良の春日の里へと鷹狩りに訪れたことから物語は始まります。男は、古びた里に住む優美な美しい姉妹を偶然かいま見ると、その情熱を抑えきれず、着ていた狩衣の裾を切り取って和歌を書きつけ、爽やかに愛を贈りました。これが平安の世を駆け抜ける一人の男の、「みやび」な生涯の幕開けでした。 男の情念は、時に高貴な身分への恋へと向かいました。二条の后となる女性との密やかな恋では、夜陰に紛れて彼女を連れ出し、雷雨の中を芥川のほとりまで逃げ延びます。草の上の露を見て無邪気に訪ねる愛しい人を守ろうとしますが、夜が明けると彼女は追っ手である兄たちによって連れ去られ、男はただ足摺りをして悲しむほかありませんでした。また、かつて愛した人が去ったあばら家を訪れては、変わらぬ月と梅の花のもとで、失われた面影を偲び涙を流す夜を過ごします。 都での恋に敗れ、身を置く処を失った男は、思いを同じくする従者とともに東国へと旅立ちました。三河の八橋では、咲き誇るカキツバタの花に心を託し、句頭に「かきつばた」の文字を配して都に残した妻への切ない情愛を詠み上げます。さらに進んで隅田川にたどり着いた男は、白い鳥の群れを見て「都鳥」と呼びかけ、都にいる愛しい人の安否を問いかけて涙を流し、同行者たちも皆もろともに袂を濡らしました。 旅先や都で、男は多様な人間模様を紡いでいきます。幼なじみと成長した後に結ばれ、互いを深く思いやる「井筒」の恋や、伊勢の斎宮との許されぬ一夜の契り、身分違いの恋に葛藤する若者への情景など、数々の出会いと別れを経験しました。 やがて時は流れ、風流と恋に生きた男にも、抗うことのできない人生の終焉が訪れます。重い病に倒れ、死を覚悟した男は、死に臨んで人生の儚さを一首の和歌に込めました。人は誰もがいずれは辿る死への道だと昔から聞き知ってはいたけれど、まさかそれが昨日今日のこととは思わなかった。そうして人生の真実と哀愁を歌に託した男は、静かに息を引き取り、その波乱に満ちた一生の物語は閉じられます。
月やあらぬ春や昔の春ならぬわか身一つはもとのみにして伊勢物語 西の対の段. 時間の経過と情話の切なさを象徴する非常に有名な歌であり、失われた愛への深い執着と孤独が凝縮されているため。
白玉か何そと人のとひし時露とこたへてけなましものを伊勢物語 芥川の段. 旅先で「あれは何か」と尋ねられた愛しい人の無邪気な問いかけを振り返り、悲劇的な結末に対する深い悔恨と抒情性が強く表れているため。
主人公である「昔男」の元服から死に至るまでの生涯を、数々の恋や旅のエピソードとともに描いた歌物語です。許されぬ恋による失意、東国への旅、様々な人々との出会いや別れを経て、最期に人生の無常を詠み上げるまでが簡潔な文章と和歌で綴られています。
奈良の春日で和歌を贈る「初冠」、愛する人を奪われる「芥川」、カキツバタの歌で有名な「東下り(八橋)」、幼なじみの恋を描く「井筒」、そして旅先で都を忍ぶ「隅田川」などが頻出します。和歌の技法や男の情意(みやび)が問われることが多い箇所です。
各章段が非常に短く構成されているため、文法知識が乏しくてもストーリー自体は追いやすい作品です。ただし、和歌の掛詞や折り句などの技法、当時の身分関係や背景を深く理解するためには、注釈や現代語訳を並行して読むことをおすすめします。
数多の恋と旅を駆け抜け、「みやび」の限りを尽くした男の生涯の果てには、誰一人として逃れることのできない人生の厳しい真実が待ち受けています。死の影が忍び寄る終着点において、男が最期に残したあまりにも切なく人間味に溢れた言葉は、ぜひ作品の最後の一頁を開き、ご自身の目でお確かめください。
物語の主人公は「昔男」と呼ばれますが、平安初期の代表的な歌人である在原業平が主なモデルとされています。作中には業平自身の歌が多く採録されており、彼の華やかで情熱的な生涯や伝説が反映された造形となっています。
タイトルの由来には諸説あり、作中に登場する「伊勢の斎宮」との恋の章段が重視されたという説や、伊勢神宮や伊勢氏に由来する説などがあります。作者も定かではありませんが、平安時代を通じて広く親しまれてきた名称です。